憲法五十年ー定着と空洞化とー

憲法五十年ー定着と空洞化とー


                
(一)憲法を生かす


 日本国憲法は今年でちょうど施行されて五十年を経過した。それもあって、今年の五月三日前後に新聞、雑誌などが憲法特集を行い、憲法が私たちの暮らしにいかに定着したのか、そうでないのか、が取り上げられていた。
 昨年十月にひらかれた日本公法学会の席上、この憲法草案起草の作業に加わった佐藤功先生が、「それまでの日本からみれば、まるで夢のような内容をもった、この憲法ははたして、生き残ることができるだろうか」という感想を持ったと話しておられた。「国体護持」に執着した当時の政府にとって、この憲法は、「おしつけられた」もので、憲法に対する愛着心ははなはだ心もとなかった。
 しかし、それから五十年。憲法はいまだに一言一句改正されることなく、現在にいたっている。りっぱに生き残った。
 よく憲法が「風前の灯」のように語られることがあるけれど、それは必ずしもあたっていないのではないか。五十年たって、憲法の中に定められた人権規定は、私たちの社会意識の中に定着した。いわゆる護憲派の人々だけでなく、改憲派と呼ばれる人々ですら、人権を真向から否定することはできない。たとえば、改憲をとなえる読売新聞の「憲法改正草案」ですら、もはや人権規定そのものに手をつけることはできなくなっている。
 昨年末に、東京地裁で女性の昇進差別をめぐる芝信用金庫事件での勝訴判決があった。報道によれば、社内の労働組合も好意的でなかったらしい。しかし、それを泣き寝入りすることなく、がんばりつづけた。そのがんばりを支えつづけた法的根拠は「性別によって差別してはならない」とする憲法の規定だった。男も女も平等という理念にもとづいて、差別を許さない運動をひるむことなく続けたことが、勝訴判決につながった。一言で「憲法50年」というけれど、たくさんの人達の地道な努力が、憲法を生き残らせてきたばかりか、人権を定着させてきた。
 90年代の憲法の「危機」は、人権を否定する形ではなく、一応人権を認めた上で、その人権の行使が事実上できなくなってしまっているところにあるのではないか、と思う。
定着と同時進行的に憲法の「空洞化」がはじまっているといってもよい。争議権が保障されていても、争議をして使用者と対峙する労働組合はごくわずかになってしまった。デモ行進の自由は認められても、デモをする団体がめっきり減ってしまった。私たちはどれだけ自分の人権を生かしていこうと努力しているだろうか。
 憲法上の人権規定は、そのまま飾っておいただけでは、ますます「空洞化」がすすむだろう。それを実際にどう生かし、使っていくか、という姿勢が不可欠だ。
 昨年亡くなられた丸山眞男先生の著作集を読んでいたら「民主主義というのは理念と運動と制度との三位一体」という言葉があった。私なりに解釈すれば、憲法の定める民主主義が制度としてあるということだけで、民主主義が実現していると解してはならないのであって、その理念を実現するように、絶えず運動していかなくてはならないということだろう。まさに、私たちの、現代の人権の課題は、この「運動としての民主主義」をいかに再構築できるかどうかにあるのではないだろうか。


        (二)平和主義原理

             
 日本国憲法は平和主義原理をかかげている。第二次大戦後、あの惨禍をふたたびくりかえすまい、と世界各国は憲法で「侵略戦争の放棄」を規定した。日本もその一つの国だった。さらに、その目的を達成するために「戦力の不保持」まで定めた。これはさすがに世界では数少ない。当時、アジアの諸国は日本の再軍備・再侵略を極度に恐れていた。そうさせないために、アメリカは「戦力の不保持」をいわばおしつけざるをえなかった。一方、わが国民は長く続き、多くの被害を出した戦争に疲れ切っていたから、この平和主義を大歓迎した。
 最近、妹尾河童さんが書いた『少年H』(講談社)が話題になった。「新聞はウソしか書かない」「東条(東条英機=当時の首相兼軍の指導者)は責任とれ」と、少年Hはひそかに思う。戦争当時、日本の庶民がどんな様子であったか、なにを考えていたかがとてもわかる。(ルビつきですから、ぜひお子さんにもおすすめください)
 一九五〇年の警察予備隊の設置からはじまって、現在では、世界でも指折りの軍事費を支出する国になってしまったことは知られるとおりである。
 「解釈改憲」と呼ばれるほど、これほど現実とかけ離れてしまったのなら、いっそのこと、憲法を変えて、憲法にしっかりと自衛隊について書き込んで、政府が解釈を変えなくてもいいようにすべきだ、などという声が、比較的まじめにものを考えている学生の中にさえでてきている。
 憲法九条はまったく意味を失ってしまったのだろうか。たしかに、平和主義の「初心」を政府がとっくに忘れてしまっていることは事実だ。しかし、この憲法9条があることによって、政府がどうしても国民にいろんな「約束」をしなくてはならず、90年代の今になっても、その「約束」にしばられている面があることも忘れてはならない。
 たとえば、(1)徴兵制はとらない。(2)海外派兵はしない。(3)武器は海外に輸出しない、(4)核兵器はもたず、つくらず、もちこませず、という「非核三原則」。(4)防衛費は過度に増額しない、などの約束である。もちろん、これらの「約束」はある時は無視され(GNP1%枠の突破、米軍による核兵器の持込みという公然の秘密)、ある時は例外として認められ(アメリカへの武器技術供与)、ある時は「派兵」ではなく「派遣」であるとごまかしされた(PKO等協力法)。しかし、憲法との整合性の説明に政府が必死にならなくてはならないところに、憲法九条の「後光」が差している。今度、発表された「日米軍事協力の指針の見直し」でも、紛争が起こっているところの周辺での自衛隊の米軍への協力が「憲法に抵触しないように」とまず第1項目でいわざるをえないことにも注目すべきだ、と思う。
 憲法九条はたしかに「空洞化」したけれど、同時に、憲法九条は、日本の軍事化の進行に抵抗する国民の側の「手がかり」(「武器」というのは、平和主義からいって適切ではないでしょう)でもありつづけていることにあらためて着目したい。