研究室ノート・大嘗祭訴訟


大嘗祭訴訟に注目

 鹿児島にすむ憲法学者として、「鹿児島県大嘗祭違憲訴訟」に注目してきた。その判決 がさる一〇月二日に鹿児島地裁で出されることになったので、傍聴に出かけた。三人の裁 判官が席について、一瞬、満員の傍聴席のざわめきが消え、テレビ・新聞用の法廷内の撮 影が静寂の中しばらく続いた。裁判官も傍聴者もいささか緊張しているようにみえた。そ して、裁判長の主文朗読「原告の請求を棄却する」。「鹿児島県大嘗祭違憲訴訟」の判決 言渡しは、わずか一分間くらいで終わってしまった。民事事件では慣例になっているとは いえ、あつかっているテーマの重さにくらべて、この判決言渡しのなんとあっさりしたこ とか。思わず、傍聴者の一人から「判決は全部読まないんですか」と、抗議のやじがとん だ。裁判所と国民との間の「距離の遠さ」を感じさせたひとこまだった。

憲法の政教分離原則

 憲法からみると、この事件は、憲法二〇条・八九条の政教分離原則に関わっている。日 本国憲法は、戦前、神道が「事実上の国教」とされて、国民の信仰の自由が侵害された歴 史をふまえて、「国およびその機関は宗教的活動をしてはならない」と定めている。そし て、「津市地鎮祭訴訟」「箕面市忠魂碑訴訟」「靖国神社への中曽根首相の公式参拝訴訟 」「自衛官合祀事件訴訟」などいろいろな事件が、政教分離原則にかかわって提起されて きた。

県知事の行為だけを分離させた判決

 天皇の即位の礼、大嘗祭についても、やはり全国各地で訴訟が提起された。その初めて の司法判断となった鹿児島地裁判決は、大嘗祭に二五億円を超える巨額の国費を支出し人 的・物的手だてを講じた国の行為と国から招待を受けて大嘗祭に参列した県知事の行為と を切り離して、県知事の行為は「儀礼的行為」で違法ではないとしたが、最大の争点であ った、国の大嘗祭への関与については、憲法判断しなかった。私はこの判決文をみて、亡 くなった隊員の護国神社への合祀申請に自衛隊がいかに関わったのかが争点とされた「自 衛官合祀事件訴訟」最高裁判決と似ているな、と思った。最高裁は、あれは隊友会が主と してやったことで、自衛隊はただお手伝いしただけだからと、自衛隊の行為・関与と民間 団体の隊友会の行為を切り離して、自衛隊の行為は政教分離原則に反しないと、合憲判断 を導き出した。

いま問われる裁判所の姿勢

 今回の判決も同様に、大嘗祭への国の関与を切り離して考えて、憲法上不問にした。問 題の全体をみないで、部分的な判断で事足れりとする、このような論理を裁判所がとるな らば、国をはじめとする公権力がかたく守らなくてはならない事柄を定めた憲法の価値( 立憲主義ということはそのことを指す)がますます希薄になっていくのではないか。そし て「憲法の番人」としての裁判所の意義がいま問われているのではないだろうか。
                      (朝日新聞一九九二年一一月五日)