書評『憲法をいかす努力』


 播磨信義『憲法をいかす努力<戦後山口の憲法>』
  四季出版 1300円

「戦後政治の総決算」がいわれ、まさにその「戦後」を象徴するものとしての日本国憲 法の民主的、平和的価値がふみにじられようとしている今日、憲法研究者にとって、本来 の憲法研究だけでなく、憲法の価値を広く、深く、生き生きと学生につたえていく憲法教 育や、自分の生活する地域や職場で憲法原理にたいするさまざまな攻撃に立ち向かってい く憲法運動の課題が重くのしかかってきている。
ここに紹介する播磨信義氏の『憲法をいかす努力』は憲法研究者のそうした課題の実践 記録である。播磨氏は1973年、京都から山口に赴任する。そこで氏は敗戦まもない1957年 に建立された「戦争裁判殉国烈士の碑」とその碑文(「わが日本が自存自衛の為興亡を賭 して断乎敢行した太平洋戦争は、利あらずして遂に敗れた」)をみて、この地にはたして 「戦後」あるいは「憲法」があったのか、と衝撃を受ける。そして、その衝撃は、山口で の憲法なき現状の告発と憲法原理の侵害に反対してわきおこった諸運動の検証へとむかっ ていった。氏はつぎのように言う。「憲法蹂躙に反対して生じた諸運動は、例え結果にお いて敗北したものであったとしてももっと高い評価が与えられ、そこから豊かな教訓が導 き出されてもよいのではないか、ましてや 勝利した実例は、誇りをもって語り継がな ければならない大切な”宝”ではないか」と。
本書の内容はおおまかにいって、2つの柱からなる。第1の柱は、山口県での憲法にか かわる事件をほりおこしているもの。「仁保事件・冤罪の恐怖」は山口県仁保村でおきた 殺人事件でいちどは死刑判決がなされたが、のちに無罪が確定した冤罪事件を、調書を詳 しく検討しながら、その冤罪のおこった原因を分析している。「自衛隊相手に信教の自由 を求めて」は有名な自衛官合祀拒否訴訟について、原告中谷さんと彼女を支えたひとたち の勇気に学びながら、その経過と法的問題点について、描き出している。「山口大学にも あったレッド・パージ」は1951年新制大学への移行のさいになされた任用拒否をとりあげ ている。それに「デモ行進の自由と公安条例−1時間で成立した山口市公安条例」。これ らの憲法上の事件についても、その取り上げ方は氏の憲法実践の方法とふかくむすびつい ている。「山口でそだった学生のなかでも、地元でおこった仁保事件について知るものが きわめてすくない」、「大学のすぐ近くに合祀訴訟の原告が住んでおられるという山口大 学の条件を生かさないでこの大学における真の生きた講義はないのではないか」という姿 勢が、氏の憲法教育の1つの特徴を示しているのである。
第2の柱は、氏のいわば直接の憲法実践をつづったもの。山口市議会で「靖国神社公式 参拝」決議を取り下げにおいこんだ運動の経過とその教訓を書いている「議会内少数派が 勝った!」。氏の第2回国連軍縮総会への参加をルポした「ノーモア・ヒロシマ、ナガサ キ、ヒバクシャ」。県や市がまったく無視する憲法施行記念日に山口に市民の手でとりく まれた護憲劇「今日、私はリンゴの木を植える」を紹介する「『忘れさせられ』ていない か、憲法記念日」。そして最後の章に、有名な三菱樹脂事件の高野さんの『石流れ木の葉 沈む日々に』を憲法の授業にとりいれて、学生たちの人権への目覚めを記録した「私の憲 法教育の1コマ」。この4つの章からは、氏の憲法実践への主体的な意気込みが生き生き と伝わってくる。
著者とおなじように地方の大学で憲法の授業を担当して、学生たちに日本国憲法のもっ ている価値や、その価値をまもり発展させるためのさまざまな苦闘をいかにして生き生き と伝えていくのか、という課題意識(それはまた日頃の悩みでもあるのだが)をもつ私に とって本書から学んだ2つの点をとくにあげておきたい。第1は、憲法研究者にとって重 要な課題である憲法教育について、その具体的なやり方までふくめて、もっと工夫をこら し、それを憲法研究者が交流しなくてはならないということである。本書は、そういう点 で、憲法教育をいかにおこなっていくかという格好の「教材」といえる。第2に、地域の 憲法問題と憲法研究者とのかかわりについてである。憲法施行以来40年をへた今日、その 地域での「憲法40年」はどれだけまとめられているだろうか? 日本全体の戦後憲法史に ついてはいくつかの業績があるが、全体と関連づけながら、その地域の憲法問題の独自の あり方に光をあてる研究がもっと必要ではないだろうか。本書を読んで、その必要性をつ よく印象づけられた。(なお本書の注文は「東京の地方小出版流通センター」扱いか、直 接に出版社=山口県宇部市東岐波小沢(0836-58-3835)へ) (鹿児島大学・小栗 実)