ウォーリック大学(連合王国)で学んで


 昨年度の「海外研究開発動向調査等に係る研究者の派遣」(文部省在外研究員)により 、三月三〇日から八月二六日まで、イギリスのウォーリック大学法学部で、研究テーマ「 マスメディア時代における情報と人権」を学ぶ機会を与えられた。ウォーリック大学は、 ロンドンから北西の方向に列車で一時間すこし行ったコベントリー市の郊外にある。社会 科学、人文、科学の3つのファカルティの下に二六のデパートメントをもつ、比較的歴史 の新しい総合大学である。学生数は一三四〇〇人(そのうち六〇%が学生、四〇%が大学 院生)、海外からの留学生は二一五〇人(大学発行の九七年版パンフによる)。ヨーロッ パのみならず、アフリカ諸国やアジアからの留学生も数多くみられた。アジアからは香港 からの留学生が多いようだった。日本からもけっこう来ていた。海外からの留学生に対し ては、「留学生用窓口」が本部にあって、宿舎など、相談に応じていたし、国会(ビッグ ベン)見学とか近くのストラトフォード(シェイクスピアの生地)見学などのツアーも実 施していた。できるだけ多くの海外からの留学生を迎える方針のようだ。ちなみに海外か らの留学生の学費は年間約六〇〇〇ポンド(一〇〇万円)と高額で、大学としては重要な 収入源になっている、と新聞が書いていた。
 情報化という点では、法学部の場合、コンピューター・ネットワークを通じて、法令・ 判決・文献などについての情報を得ることができるようになっていた。私もすぐにIDを もらって、日本と電子メールのやりとりなどもすることができた。
 キャンパスは郊外の田園地帯にひろがっていて、緑も多く、とても快適だった。学生や 教職員用にスポーツセンターや健康管理センターから銀行、郵便局、コンビニ、さらにレ ストラン、パブ、それにサッカーや陸上用のグラウンド、広大なクリケット用のグラウン ドまであって、学生たちは生活を満喫しているようだった。大学のまわりには、田園地帯 を散歩する自然歩道がつくられていて、、疲れたときなど、ゆっくり散歩することもでき た。
 大学生活に関連して、感じたことをいくつか、書いてみよう。学生について感じたこと は、よくいわれることだが、あちらの学生はよく勉強する。私の指導教官であったマッケ ルドーニー博士が「日本法入門」の授業も担当していることもあって、学生のレポートを 見るよう頼まれた。テーマに「日本国憲法第九条とPKO」とか「日本の裁判制度と陪審 制」「職場における女性の差別」とかがとりあげられ、参考文献をしっかり読んで、注な どもきちんといれて、パソコンでプリントアウトしたレポートだった。これだけの内容、 形式のレポートをはたして日本の大学二年生は書けるだろうか。学生はこういうレポート をそれこそ何本も書かなくてはならないから、そのために、図書館で本を必死にメモして 、下書きを書いていた。論文を書かせて、問題を分析させる指導方法では、日本など足元 にも及ばないな、と感じた。それに、ちょうど名古屋大学との交換留学生(文部省による 公費留学制度)の選抜の面接にも立ち会わせてもらったが、「なにを日本で学びたいのか 」について、教官に臆することなく自分の問題意識をしゃべる学生が印象的だった。講義 も、学生たちは板書ひとつしない教授の講義をノートに必死で書き写して、私語をしてい る学生は一人もいなかった。法学部では、熟練した教授(professor )や準教授(reader )がまず講義をし、その講義をさらに深めるために、若い講師(lecturer)がゼミを担当 し、小人数で指導をする制度がつくられて、「読むこと」「書くこと」「話すこと」を学 生は鍛えられていた。
 滞在している間に、ウォーリック大学の「オープン・デー」(大学開放日)があった。 来年度、入学したいと思っている高校生(ほかに社会人にもパート・タイムの学位取得が できるようになっている)対象に、大学を紹介するこころみである。学生たちがそろいの Tシャツを着て、グループごとに学内を案内し、教員のスタッフも授業の内容や学位その ほかの相談にのる。さらに住居(この大学では1年生は全員、大学のキャンパス内にある 寮に入る)や奨学金、学内の諸施設の案内なども、いたれり、つくせりの大学紹介をして いた。「オープン・デー」用のパンフレットもずいぶんとお金をかけたもので、学年ごと の授業の内容なども知ることができる。いい学生をたくさん迎え入れようと、積極的に対 応しようとする大学の姿勢が伝わってきた。それに、ウォーリック大学には音楽・芝居・ 映画用のホールを3つもつアート・センターがあって、夜には市民が音楽や芝居を見に来 ていた。毎週一回無料で開催される「ランチタイム・コンサート」には、近くのおじいさ ん、おばあさんも聞きにきていた。大学を地域に「開かれた大学」にしようという姿勢に も強く印象づけられた。
 五年前に短期間、イギリスを訪問したことがあるが、今度たずねてみて、イギリス社会 が変わってきていると感じた。鉄道や電話、ガスなどの公共事業が民営化された。「ロイ ヤル・メール」(郵便)の民営化さえも議題にあがっている昨今である。大学についても 同様で、国からの文教予算がこのところ、減らされる傾向にある。文献収集のために訪ね たオックスフォードのボードリアン図書館、ロンドン大学の図書館なども利用料金をとる ようになっていた。日本から利用申請の手紙を送っておいたLSEの図書館では無料でつ かわせてもらったが、直接訪ねた図書館では利用料金をとられた(ちなみにロンドン大学 のセネターハウスの図書館では一カ月で五〇ポンド=約八二〇〇円)。日本的にいえば「 受益者負担」の原則ということか。有名大学に予算上重点的に配分しようという案も議論 されている。大学への予算配分をできるだけ削ろうとするサッチャー政権以来の大学政策 は、イギリスの大学を大きく変えつつある、という印象をいだいた。

               (鹿児島大学学報四一八号、一九九六年九月二〇日)