13  最高裁はほんとうに「憲法の番人」か?

 「信頼できるものは何ですか」という新聞のアンケートが以前にあった。最下位つ

まり最も信頼できないものは「政治家」。「教師」、「マスコミ」は中くらいか。そ

れでは、最も信頼できるものはなにか?その一つに「裁判所」があった。裁判官を英

語では、JUSTICEともいう、この言葉の別の意味は「正義」。そのくらい、欧米でも

、日本でも、裁判所は信頼が高い(高かったというべきか)。かつて、冤罪(えんざ

い)に問われた被告が、地裁・高裁と敗れたとき「まだ最高裁がある!」と叫んで「

憲法の番人」としての最高裁に希望をつないだ。憲法上、裁判所には「違憲法令審査

権」(81条)があたえられている。国会のつくった法律、行政庁がだした命令が人権

を侵していないか、について憲法にてらして判断する権限を裁判所はもっている。人

権という大切な価値をまもるための、裁判所のとっておきの手段だ。

 しかし、皆さんは、憲法の講義をうけて人権について聞いていると「人権保障を主

張した人は下級審(地裁・高裁)で勝ったけれど、最高裁では負けた」という説明が

しきりにでてくるので「最高裁はどうなっているの?」と疑問に思うかもしれない。

最近の代表的な判決をとりあげてみると、裁判所は上へ行けば行くほど、人権にたい

し冷淡な態度をとっていることがわかる。「公共の福祉」論、「プログラム規定」論

「国民全体の共同利益」論、「立法裁量」論など、さまざまな理由づけはいずれも、

人権を主張する国民の側に不利に、反対に、訴えられた国=政府の側に有利に判断す

るために用いられた。最高裁がこれまでに、ある法律を憲法違反と判断したのは5回

にすぎない(尊属殺人罪違憲判決・薬事法距離制限違憲判決そして2回の議員定数配

分違憲判決さらに森林法違憲判決)。それも真正面から人権保障をうたった判決では

ない。最高裁は「憲法の番人」ではなく「内閣の番犬」になってしまったかのようで

ある。

 最高裁裁判官は全部で15人。この裁判官を任命するのは、憲法上、内閣である(た

だし形式上は最高裁長官だけは内閣の指名により、天皇が任命する)しかしわが国で

は同一の政党によって政権が維持されてきたため、どうしても内閣の意思が反映しや

すい。長官の指名になると、一層その傾向が強い。最近も、学者出身の、人権に比較

的に理解を示した最年長の裁判官をおしのけて、別の裁判官(タカ派といわれた)が

長官になった例がある。また司法にたいするチェックとして憲法が規定している(79

条)最高裁裁判官にたいする国民審査も制度として十分機能していない問題点を持っ

ている。