14 裁判官の独立
日本国憲法第76条3項で、一般に「裁判官の独立」といわれている内容が定められ
ている、争いを法的にさばく裁判官は、憲法をはじめとする諸法律にだけにもとづい
て裁判をおこなわなくてはならない。収入や出世に目を奪われて判断をあやまること
のないように、裁判官にはしっかりした身分保障(裁判官の報酬についても憲法は79
条、80条でとくにさだめている)が与えられている。それだけに裁判官は立法権・行
政権からも独立して判断しなくてはならないし、また司法部内でも不当な干渉をうけ
てはならない。
しかし、現在、この「裁判官の独立」は大きな問題点をかかえている。1970年代初
め、宮本康昭判事補(熊本地裁)は、内閣の再任拒否によって(裁判官は10年ごとに
再任という手続きをとる)裁判官の職を奪われた。再任拒否の理由は明らかにされな
かったが、宮本判事補が青年法律家協会という法律家団体に属していたことが本当の
理由だった。当時、最高裁は、裁判官にたいする統制・管理を強め、青法協に属する
ような民主的な裁判官を敵視するようになっていた(その背景には,自民党議員や右
翼による「偏向裁判官」攻撃があった)。裁判官に対する統制・管理政策はそれ以後
もつづいて、最高裁判例とはちがった判決をだすような裁判官はへき地にとばされた
り、なかなか地裁の所長になれなかったり、というような事態のなかで、裁判官の心
の中で、最高裁にどうみられるかを一番気にするような傾向が生まれてきている。一
人ひとりの裁判官が「その良心に従ひ独立して」裁判を行うのではなく、最高裁の考
え方に合わせて裁判をおこなうようになってきた。
裁判官と争いの当事者の一方の側である訟務検事とが交互にその職を経験する「判
検交流」も最近の特徴である。たとえば国の賠償責任を争った訴訟で、国側の代理人
になった訟務検事が、後日、裁判官となって同じような内容の訴訟をさばくことがあ
る。こうなると最初から結論はわかりきっているといっても言い過ぎではない。公正
な裁判の前提であるはずの「裁判官の独立」の基礎がゆらいでいる。こうした現状で
「裁判官はどうあるべきか」を必死に考えている裁判官も多く、司法部の中では「裁
判官の独立」をめぐって対抗がつづいている、一連の動きを「司法の反動化」とよん
で、日本国憲法にとっての危機としてうけとめている人も多い。憲法の保障のために
は裁判官のはたさなくてはならない役割はきわめて大きいからである。