4 「君が代」と「日の丸」
「来たる卒業式にはぜひ君が代を演奏したい。これについてはみなさんいろいろご
意見があるでしょう。みなさんのご意見はわかっています。しかし、このことだけは、
ぜひ私の決めるところにしたがっていただきたい」。校長が卒業式の式次第に「君が
代」を入れろ、と強引に教師たちに迫った。そこで教師たちは__(中野利子『君が
代通信』〔筑摩書房〕より)
いま学校は「君が代」と「日の丸」をめぐって、ゆれている。これまでの学習指導
要領では「国旗を掲揚し、国歌を斉唱することが望ましい」となっていた記述を「国
旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と改訂し、いっそ
うつよく学校に迫っているからである。教師やPTAの反対にもかかわらず、すでに
すべての学校で「君が代」が斉唱され「日の丸」が掲揚されている県も多い。文部省
は、国際化時代を迎えて、祖国や郷土を愛する心を育てなければいけない、と説明し
ている。ニッポン・ナショナリズムを子どもたちに植えつけよう、というわけだ。
しかし、そもそも、「君が代」が国歌であり、「日の丸」が国旗であると、法の上
では何を根拠に決まっているのだろうか。たしかに日本の船は「日の丸」を掲げて世
界の海を航海し、オリンピックでは「君が代」がながされて、さも国旗・国歌の扱い
をうけている、しかし、実は、現在のところ、憲法や法律上の根拠はない。
世界の国々では、憲法そのものや法律で国旗・国歌を定めている国も多いが、日本
ではどうしてこうなっているのだろうか? それは、明治以降の天皇主権の体制の
でのアジアヘの侵略戦争・国内での人権弾圧にかかわって「君が代」「日の丸」がも
っているイメージと内容に原因がある。「君が代」は「現人神」とされた天皇の治世
の永遠の繁栄を賛美し、「日の丸」は日本軍が占領したアジアの各地にはためいた。
本来ならば、天皇主権の大日本帝国憲法から国民主権の日本国憲法への原理的な転
換にしたがって、「日の丸」と「君が代」は変えられるべきだった。(ドイツでは第
二次大戦後、ナチス期に国旗とされた「かぎ十字」は廃棄された)。戦後改革の不徹
底さから生き残った「君が代」「日の丸」がいまや学校や官庁で堂々と掲揚・斉唱さ
れている。サッカーの国際試合のときなど、私たちも抵抗感なしに受け入れている。
しかし、本当にそれがふさわしいのか、考えてみる必要はありはしないだろうか。