5 靖国神社問題とはなんだ。
毎年8月15日になると、大臣が東京の九段にある靖国神社を参拝する。そして「
私的参拝ですか、公的参拝ですか」と新聞記者から質問を受ける光景がテレビに写さ
れる。どうして、大臣や国会議員が大挙して、この神社におまいりするのだろうか。
戦前、日本では、神社神道が「事実上の国教」とされて、特権的な扱いを受けてい
た。中でも、靖國神社は、戦死した皇軍の将兵を祀る神社として、陸軍省・海軍省の
管轄におかれ、特別の扱いを受けていた。若い兵士たちの遺書には「死んだら、靖国
で会おう」などと書かれたものもある。軍国主義の世の中で、人々の心理的な支えに
なってきた。
しかし、戦後、GHQは「神道指令」を発して、靖国神社などと国との結びつきを
絶つように要求し、ひとつの神社にすぎないとされた。「国及びその機関は、宗教教
育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」とする憲法20条3項の「政教分離
原則」からして当然のことだ。
ところが、保守的な政治家や遺族会は、靖国神社は国に殉じた人を祀っているのだ
から、戦前のように国営にすべきだ、とか、天皇や首相が公式に参拝すべきだと主張
し続けてきた。1985年には、中曾根首相が靖国神社を公式に参拝した(その後、アジ
ア諸国から強い抗議を受けて、1998年時点では、中止されている)。靖国神社問題は
憲法の政教分離原則がもっとも議論されたテーマなのである。
いくつかの地方自治体は、この靖国神社に公費から玉串料などを支払っていた。そ
の公費支出が憲法の政教分離原則に違反するのではないか、と岩手県や愛媛県で訴訟
が提起された。地裁や高裁では意見が分かれていたが、1996年4月2日、最高裁が、
愛媛県知事の公費による玉串料支出は憲法に反するという判決を出して、大きな話題
になった。その判決の中で、最高裁は「明治維新以降国家と神道が、密接に結び付き
種々の弊害を生じたことにかんがみ政教分離規定を設けるに至ったなど・・憲法制定
の経緯に照らせば、たとえ相当数の者がそれを望んでいるとしても、そのことのゆえ
に、地方公共団体と特定の宗教とのかかわり合いが、相当とされる限度をこえないも
のとして憲法上許されることになるとはいえない」と述べている。
靖国神社の各県版にあたる護国神社への自衛官の合祀をめぐる訴訟、忠魂碑の移設
をめぐる訴訟も、同じように、憲法の政教分離原則の徹底をもとめて、起こされた。