憲法の大切さを考える


  (1)
 この『マイ・コ−プ』が発行される五月三日は憲法記念日です。今からちょうど四六年 前の、一九四七年(昭和二二年)五月三日に、日本国憲法は施行されました。
 すこし話はとびますが、みなさんは名古屋に住む今年百歳のきんさん、ぎんさんのこと はよくご存じでしょう。あるとき、きんさんだったか「いま一番いいことはなんですか」 と聞かれて、「それは戦争がないことやね〜」と答えられていました。きんさん、ぎんさ んの百年の前半五〇年、それはちょうど大日本帝国憲法の時期にあたるのですが、日清・ 日露そして第一次世界大戦、さらに一九三一年の「満州事変」にはじまる太平洋戦争へと つづく「戦争の時代」でした。
 とくに太平洋戦争では沢山の人命が失われました。日本では三一〇万人の死者がでまし たし、アジアでは合わせて二千数百万人の命が失われたといわれています。鹿児島でも、 六月一七日深夜から一八日未明の大空襲で、死者三三二九人、負傷者四六三三人、家を焼 かれた人は一〇万人にもおよび、市民の六六%が被災しました(ポプラ社『県別歴史シリ −ズ鹿児島県』より・コ−プかごしまでは、毎年この日に「平和を考える集い」を行って います)。その大きな責任が、軍事大国で、アジアや太平洋の島々に侵略していったわが 国の政府や軍にあったことは否定できないでしょう。
 戦争の大きな犠牲と反省の上に、日本国憲法はつくられました。ふたたび戦争をしない こと、武力を他の国にふるったり、おどしたりしないことを憲法は第九条にかかげていま す。これは当時の世界の主要な国々の憲法の動向とも一致していました。戦後つくられた イタリア・ドイツ・フランスなどの憲法はいずれも侵略戦争はしないことを憲法に掲げて います。しかし日本の憲法はさらに一歩すすんで、軍備をも放棄しました。ですから、日 本には、戦前のような宣戦講和にかんする権限や「兵役の義務」=徴兵制、軍にかんする 秘密保護法などはいっさいなくなりました。武器を輸出してもうけることも禁じられてい ます。平和国家をまさに実現しようとしたのです。その意味では「冷戦が終わった」とさ れる今日の目からみると、日本国憲法は世界の最先端の憲法だったともいえそうです。
 先日の「南日本新聞」には「憲法にかんする世論調査」がのっていました。「半世紀近 くたって時代に合わなくなっている」と考える人が五〇%を超えたというのです。最近の PKO派遣や「政治改革」論議からこういう考え方が増えているのでしょうか。しかし、 よく読んでみると、「憲法をまったく読んだことはない」人が約四〇%。憲法をかえるこ とに反対であれ賛成であれ、私たちの国の一番大事な法なのですから、ぜひ憲法を読んで みましょう。「憲法を読み直す」ことによって、本当に「時代おくれ」なのか、それとも 、「世界の最先端」なのか、もういちど、考えてみることが必要なようです。

(2)
 よく「憲法改正を語ることはタブ−だ」という人たちがいます。タブ−とはポリネシア 語が語源で、「口にだしたりしてはならないこと」を意味するのだそうですが(『広辞苑 』より)私たち憲法の歴史をすこし勉強している者からみると、憲法をどうするかについ てほどいろいろ論議されてきた大きな論争テ−マはあまり見当たらない気がします。
 一九五〇年代にはいって、警察予備隊・保安隊さらに自衛隊と「再軍備」がはじまると 、憲法に「軍隊についてのしっかりした規定をおこう」として憲法改正論が浮上しました 。政府内に憲法調査会という憲法を変える準備作業をおこなう委員会までつくられました 。一方、憲法の改正には国会議員の三分の二以上が必要ですから、当時の鳩山首相は衆議 院に小選挙区制を実現して、三分の二を越える勢力を得ようとしたのです。結局、そのと きは憲法を変えることにも、小選挙区制にも国民の反発がつよくて、この動きは失敗しま した。憲法の第一の危機でした。
 七〇年代になると、田中首相がやはり小選挙区制を導入しようとしましたが、このとき はマスコミもかなりつよく反対して、結局つぶれてしまいました。
 憲法の歴史からみると、憲法の第二の危機とでもいうべき動きが今日みられるといって もよいでしょう。しかも、こんどは「国際貢献」を日本が十分できるように憲法を変えよ うというのですから、なんだか積極的な響きをもっています。「国際貢献」という言葉は 湾岸戦争あたりから、流行語になってきたようですが、経済大国である日本がその経済力 だけでなく、政治力そしてもっとズバリいえば軍事力までも世界で有数の「貢献」をして いこうという発想が「国際貢献」を積極的に主張する政治家にはあるのではないでしょう か。経済的にやや落ち目のアメリカも、もう「世界の憲兵」とかいっておられなくなって 、ある程度までは日本に肩代わりをもとめてきたことも「国際貢献」論が浮上してきたこ とのうらにはあります。
 自衛隊は憲法の建前上(本来は自衛隊のそのものが憲法に反していないか問題なのです が)自衛のための組織ですから、外国にでかけていくことは無理があります。ましてや、 湾岸戦争当時のような「多国籍軍」に参加することは法の上からはできません。それでは PKOはどうか。国連の下におかれるPKOは「中立の軍隊」だと宣伝されますが、専門 家によると、最近のPKOは以前のそれとは性格がかわってきて、大国主導の武力による 制裁型に変わってきているといわれています。だから、PKOという形であれ、「多国籍 軍」という形であれ、自衛隊を海外に派遣できる軍隊にするために、憲法を変えてしまお うというのが究極の狙いだと私は考えています。
 しかし、憲法が構想していた「国際貢献」とは、こういう武力による「平和」ではなく て、教育・医療や経済援助などをとおして「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免か れ、平和のうちに生存する」(憲法前文)ことをもとめていくことにあります。

(3)
「憲法の見直し」と時を同じくして、「小選挙区制」の導入が急にいわれるようになりま した。元はといえば、共和事件・佐川事件が問題となり、そして金丸元代議士の脱税容疑 での逮捕があって、国民の「政治不信」がきわめて深刻なものになったのがきっかけです 。総理府の世論調査によれば「民意が、国政に反映されていない」と考える人が七割にも 達して過去最高になりました。また「金丸事件で一番問題と思ったことは」の質問にも五 五%の人が「政治の金権体質が変わらないこと」を挙げています。
 このような金権体質をどうしたら変えることができるのか。一九世紀末のイギリスは、 政治家による買収・饗応などが氾濫していましたが、当時の政府が反対を押し切って政治 腐敗防止法を制定しました。その後、イギリスでは「金権体質」がなくなったとされてい ます。日本でもロッキード事件にたいする国民の批判をうけて一九七五年には政治資金規 正法が改正されました。たしかにこの法は「ザル法」といわれてあまり効果がないともい われているのですが、「政治家とカネ」の癒着をなくすためにはこの法を強化するのも重 要な方法です。実際この法の「付則」で企業・団体献金を禁止する方向で、5年以内に政 治資金のあり方について検討することが義務づけられていたのですが、その後さっぱり改 正されませんでした。まずこの「政治とカネ」の問題にメスをいれるのが国会の第一の仕 事のはずです。
 ところが、国会内では、この「金権体質」の原因はいまの「中選挙区制にある」から「 小選挙区制を導入したら、政党中心の政治・選挙になって、金がかからなくなる」という 議論がまかりとおっています。しかし、単純小選挙区制を提案している自民党の議員です らこの案で派閥や買収がなくなるとは思っていません(NHKの調査)。
 日本のように、第一党である自民党とそれ以外の野党との間の得票に差があるときに小 選挙区制を採用すると、当然、第一党が圧倒的多数の議席を獲得します。「四割の得票で 九割の議席」という分析はあたっています。これでは。第一党以外を支持しない有権者の 声はまったく国会にとどかなくなってしまいます。
 それではあまりにもひどすぎるというので、全部の議席のうち六割だけを小選挙区にし て、のこりは比例代表でいこうという「並立制」「連用制」(並立制と比例代表の配分方 法がことなる)が「対案」として主張されています。しかし、いずれの案も、小選挙区制 が基本におかれていて、民意を正確に反映する点では欠陥をもっています。
 憲法が予定している議会制民主主義では、国民のさまざまな声を国会に反映させること が肝心です。消費税に反対する声・生活や医療・老後を豊かなものにしたいという声が、 私たちの代表である議員や政党をつうじて、国会につたえられなくてはなりません。いま の「政治改革」の議論ははたしてそういう「原点」から出発しているのでしょうか。その ことをしっかり見きわめなくてはいけないと思います。

   (コープかごしま・マイコープ五〇六〜五〇八号、一九九三年五月三日〜一七日)