戦後50年目の夏に思うこと 

          生協コープかごしまでの学習会(1995年)

            理事(鹿児島大学・教養部) 小栗 実

1、1995年5月8日=ドイツの無条件降伏50年

       6月17日=鹿児島大空襲50年

       8月6日、9日=被爆50年

       8月15日=敗戦(終戦)50年(日本にとって)

            =解放(光復)50年(朝鮮にとって)

2、鹿児島大空襲の記録=第21爆撃集団作戦任務報告書を訳してみて

   中小都市への無差別爆撃の第1号

3、この夏に読んだ本の中から

   近藤康子『コルチャック先生』(岩波ジュニア新書)

     自分だけ救われることを拒絶して、子どもたちとともに、ト

     レブリンカ強制収容所に向かったコルチャック先生

   劉智 『花岡事件』(岩波同時代ライブラリ−)

     中国で捕虜となった兵士たちが日本に送られてきて、工事現

     場で強制労働を強いられた果ては

   吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)

     女性たちをだまして、性的な奴隷にしていった日本軍。戦争

     が終わってからも、「女性を差し出す」発想は続く。

4、ヒロシマへの旅−「被爆50周年国際シンポジウム」に参加して

     _ 「兵士を救うためにやむをえなかった」とするアメリカ

       の通説的な考え方に対する批判がアメリカの学者からも

       出てきた。

     _ 戦後50年の核兵器開発競争の影で新たにつくり出され

       る被爆者たち アメリカ(ネバタ)・旧ソ連・南太平

     _ 「唯一の被爆国=日本」という見方からの脱却

5、戦争責任の受け止め方−ドイツと日本

 ドイツ ・戦争犯罪に時効はない

     ・被害者にたいする補償 イスラエル、ポ−ランドなどへ

     ・戦争指導者の復権を許さない

     ・教育へ生かされる、戦争の反省

 ひるがえって、わが祖国日本は

(1)敗戦直後、日本国憲法公布・施行直後の「社説」を読んで

○ 当時の国民の意識を反映「もう戦争はこりごりだ」

○ 過去の戦争への協力や「煽動」への反省はどうか

 「反省すべきものは反省し、改むべきは改めるとはいえ、綺麗さっぱ

りと昨日の悪夢を忘れ、今日よりは新しく出発する凛々たる勇気が必要

である」(東奥日報)

○アジアに対する侵略や植民地支配、強制連行などについて「反省」を

ふれたものなし。基本的に「一億総懺悔」論の域をでなかったのではあ

るまいか。

○ 大日本帝国憲法との「断絶」は意識されず。

 「民主日本を如実に示すための新憲法は今日明治節の佳日をもって公

布される」(京都新聞)

(2)戦後50年を経て、どう変わったのか、変わらなかったのか

 95年6月9日「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」

「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいた

し、我が国がかつて行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民

に与えた苦痛を認識し、深い反省に念を表明する。

 我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙

虚に学び、平和な国際社会を築いていかなければならない」(抜粋)

            (衆議院で可決されたが参議院ではされず)

 95年7月3日 鹿児島県議会決議

「鹿児島県議会は、この大きな節目に当たり、とくにアジアの諸国民に

与えた歴史的行為と苦痛を心に深くきざみ、さきの大戦において尊い生

命を捧げられ、今日の平和と安定の礎を築かれた戦没者をはじめ多くの

戦争犠牲者に対し、心から追悼の誠を表明する」

6、戦争体験を伝えること、そして、それを学んで、新しい平和意識を

 つくりだしていくこと