憲 法 を く ら し の 中 に 

              −鹿児島医療生協 くらしと福祉の学校− 1995.9.4

                           鹿児島大学  小栗 実

1、憲法はだれでも幸福な暮らしを求めることができる権利を保障しています。

 ・みなさんは憲法について、ご存じですか。

  憲法は「国の最高法規」で、政府や公務員はみんなそれを守らなくてはなりません

 ・憲法の人権規定は国民一人ひとりの「幸福」を支えるものとしての幸福追求権、生

  存権、教育を受ける権利をはじめとする基本的人権があるのです。

2、「生存権」(25条)と「平和的生存権」(憲法前文)との深い結びつき

 ・私たちの生存のそもそもの前提としての平和

 ・今年は、戦後50年。そこで、問われていること、考えたこと

1995年5月 8日=ドイツの無条件降伏50年

 <この夏に読んだ本の中から>近藤康子『コルチャック先生』(岩波ジュニア新書)

 自分だけ救われることを拒絶して、子どもたちとともに、トレブリンカ強制収容所に  向かったコルチャック先生。その悲劇をくりかえすまい。

1995年6月17日=鹿児島大空襲50年

  鹿児島大空襲の記録=第21爆撃集団作戦任務報告書を訳してみて

  鹿児島は中小都市への無差別爆撃の第1号。そのわけ。

1995年8月 6日、9日=被爆50年

     8月15日=敗戦(終戦)50年(日本にとって)

          =解放(光復)50年(朝鮮にとって)

3、憲法9条はどうしてつくられたか

(1)第2次世界大戦の悲劇−ふたたび戦争をしまいという国際世論

(2)軍国主義日本の復権を許さない

(3)日本国民の当時のの意識「もう戦争はこりごりだ」

   1947年5月3日  日本国憲法施行

4、憲法の平和主義原則のもつ意味

(1)国家の行為としての戦争・武力の行使・武力による威嚇を禁じた

(2)さらに進んで、一切の軍備を有することを禁じた

(3)戦争・徴兵・軍事秘密などの規定をいっさい持たない。

(4)世界の人々の「平和的生存権」=「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」(憲法前文)

5、戦後50年を経て、どう変わったのか、変わらなかったのか

(1)日本の国民がもっていた「弱点」

 過去の戦争への協力や「煽動」への反省が十分になされたとはいえない。

 「反省すべきものは反省し、改むべきは改めるとはいえ、綺麗さっぱりと昨日の悪夢を忘れ、今日よりは新しく出発する凛々たる勇気が必要である」(東奥日報)

○アジアに対する侵略や植民地支配、強制連行などについて「反省」をふれたものなし。

○ 大日本帝国憲法との「断絶」は意識されず。

・ 1995年の時点にたってもなお−国会決議、県議会決議の問題点

 95年6月9日「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」

「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国がかつて行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。/我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社会を築いていかなければならない」(抜粋)

 95年7月3日 鹿児島県議会決議

「鹿児島県議会は、この大きな節目に当たり、とくにアジアの諸国民に与えた歴史的行為と苦痛を心に深くきざみ、さきの大戦において尊い生命を捧げられ、今日の平和と安定の礎を築かれた戦没者をはじめ多くの戦争犠牲者に対し、心から追悼の誠を表明する」

(2)この50年、平和主義を支えてきたのは、平和を求めつづける国民の運動だった

 ・1950年の警察予備隊、1954年の自衛隊の創設にはじまる“再軍備”

 ・世界第3位にまでなった軍事(防衛)費

 ・しかし、「普通の」軍事大国にはない制約を国は約束せざるをえなかった。

   (あ)武器輸出の禁止   (い)徴兵制の禁止

   (う)非核三原則     (え)海外派兵の禁止

(3)最近の憲法9条をめぐる動き

  ・財界の動き(経済同友会は「憲法を含む法制全般の総点検」を提言

  ・小沢一郎『日本改造計画』(1993年)にみる二つの改憲構想

    憲法9条に「第3項 平和創出のために活動する自衛隊を保有する」を追加

    憲法はそのままにして「平和安全保障基本法」をつくる

  ・読売新聞の「憲法改正試案」(1994年11月3日発表)

その特徴的なところを挙げてみます。

(1)平和的生存権の文章の削除

(2)自衛隊の海外派遣をやりやすくするための「憲法改正」

  ●第三章 安全保障 (ア)九条一項はほぼそのまま

            (イ)非核三原則の「憲法化」(?)−しかし「持ちこまぜず

               」は?

            (ウ)「自衛のための組織」の樹立

            (エ)徴兵制の禁止をいれたのはなぜ。

            (オ)「集団的自衛権」までみとめるの?

  ●第四章 国際協力 (ア)「平和の維持及び促進並びに人道的支援の活動に、自衛

               のための組織の一部を提供」

6、「生存権」はどのようにして生まれたのか。

 ・19世紀の「社会問題」(貧困・失業・病気)の発生

 ・それまでの考え方=国民の権利という考え方ではなく、天皇の慈悲的な処置(「救貧

  」)という考え方でした。

 ・1919年 ドイツのワイマール憲法第151条「経済生活の秩序は、すべての者に人間たるに値する生活を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない」

 ・第2次世界大戦後、「生存権」の考え方が世界に共通にひろがりました。

 ・「生存権」を実際のものにするためにいろいろな人の必死の努力があったことを忘れ

   てはならないでしょう。

例  朝日訴訟(朝日 茂さん) 1月600円の「日用品代」は「最低限度か」。

   堀木訴訟(堀木ふみ子さん) 児童扶養手当と障害福祉年金の併給をもとめた。

 

7、社会保障とは、どういうことを意味しているのでしょう。

 (広辞苑によると)

 ・社会保障=「国民の生存権の確保を目的とする保障」

  社会福祉=「国民の生存権を保障するため、貧困者や保護を必要とする児童・母子  家庭・老齢者・身体障害者など社会的障害をもつ人々に対する援護・育成・更生を図ろうとする公私の社会的努力を組織的におこなうこと」

  国や地方自治体がおこなうものと社会福祉法人がおこなうものがある。

 ・最近、はやりの「共生」という考え方で説明してみましょう。

   みんなが人間らしく生きる権利をもち、それをみんなでささえ合う。

 ・国民の生存権の確保とために、国や地方自治体がしなくてはならない努力

8、国民の生存権を具体化する社会保障制度にはこんなものがあります。

『こんにちは鹿児島市役所です』からみてみましょう。

(1) 赤ちゃん          (5) からだの不自由な方

(2) 子供            (6) 健康

(3) 婦人            (7) 国民健康保険

(4) お年寄り          (8) 国民年金

                  (9) 公害

5、最近の「社会福祉・社会保障」めぐる政治の動き

  ・ 1970年代の「福祉の時代」の成果の見直し

      老人医療有料化のための法改正(82年、86年)

  ・ 財政赤字の解消(福祉に金をかけすぎている、などと財界はいう。)を理由に

   「自立・自助」が強調されている。「日本型の活力ある福祉社会つくり」とい

   われているけれど。

  ・ 社会保障にかける予算は伸び悩み。

  ・ 年金支給年令の引上げとか入院給食費の値上げとか、国民負担をせまる。

まとめ

  憲法をくらしのなかに、しっかり生かしていくことの大切さ。

世界人権宣言(1948年)                         

第22条「すべて人は、社会の一員として、社会保障を受ける権利を有し、かつ、国家的努力及び国際的協力により、また、各国の組織及び資源に応じて、自己の尊厳と自己の人格の自由な発展とに欠くことのできない経済的、社会的及び文化的権利を実現する権利を有する」                         

第25条「すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は、保障を受ける権利を有する」

国際人権規約(社会権規約)(1966年に採択、1979年日本もようやく批准)

第12条「この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。」

日本国憲法第25条

第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。      第2項  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。 

(幸福追求権=健康権などもこのひとつとされている)

日本国憲法第13条

 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。